大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)4680号 判決 1996年9月17日

原告

甲野花子

右法定代理人親権者

甲野一郎

甲野春子

原告

甲野一郎

右二名訴訟代理人弁護士

大石剛一郎

上出勝

登坂真人

被告

乙川太郎

丙田春夫

丁山夏夫

右三名訴訟代理人弁護士

佐々木茂

右訴訟復代理人弁護士

鮎川一信

被告

東久留米市教育委員会

右代表者教育長

當麻好雄

被告

東久留米市

右代表者市長

稲葉三千男

右二名訴訟代理人弁護士

下川好孝

被告

東京都

右代表者都知事

青島幸男

右被告指定代理人

鈴木一男

大嶋崇之

主文

一  被告東久留米市及び同東京都は原告甲野花子に対し、連帯して金五〇万円及びこれに対する平成七年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲野花子の被告東久留米市及び同東京都に対するその余の請求並びに同乙川太郎、同丙田春夫、同丁山夏夫及び同東久留米市教育委員会に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告甲野一郎の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告甲野花子に生じた費用の五分の一を被告東久留米市及び同東京都の連帯負担とし、被告乙川太郎、同丙田春夫、同丁山夏夫及び同東久留米市教育委員会に生じた各費用は原告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告丙田春夫及び同東久留米市教育委員会(以下「被告市教委」という。)は連帯して原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、同原告の中学二年二学期及び同三学期に行われるべき社会科授業内容について、被告乙川太郎以外の教師による授業を受ける機会を保障したうえ、右中学二年二学期及び同三学期の社会科の成績評価を訂正せよ。

2  被告らは連帯して原告花子に対し、別紙謝罪文記載の内容の謝罪文を東久留米市立中央中学校(以下「中央中」という。)内の掲示板に掲示し、かつ、同校の全生徒の親権者に対し配布せよ。

3  被告乙川、同東久留米市(以下「被告市」という。)及び同東京都(以下「被告都」という。)は連帯して原告花子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告乙川については平成七年三月三一日、被告市及び同都については同月三〇日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告乙川、同市及び同都は連帯して原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)に対し、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被告丙田、同丁山夏夫、同市及び同都は連帯して原告一郎に対し、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成七年三月三〇日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁(被告丙田及び同市教委)

原告花子の被告丙田に対する請求の趣旨1項の訴え及び同原告の被告市教委に対する訴えを却下する。

2  本案の答弁

原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告花子は、原告一郎及び甲野春子の次女であり、後記の本件暴行等のあった平成六年一一月一四日当時、中央中二年一組に在籍していた。

(二) 被告乙川は、平成六年当時、中央中の二年二組の担任で、社会科担当教諭であり、原告花子の学級の社会科授業も担当していたが、平成七年四月一日付けをもって東久留米市立東久留米中学校に転任した。被告丙田は、中央中の校長であり、被告丁山は同中学校の教頭である。

2  被告乙川の原告花子に対する暴行等

(一) 被告乙川は、平成六年一一月一四日午前九時ころ、中央中二年二組の教室において、原告花子ほか六名に対して、文化発表会に関するアンケートを集計するよう命じたところ、原告花子らは、被告乙川が同アンケートは集計しないという前言を翻したことに不満を述べた。

(二) 被告乙川は、これに対し激昂し、大声で「お前ら、もう一度言ってみろ」などと怒鳴りながら、原告花子の使用していた机を蹴り飛ばし、更に同原告の後ろの席にいた生徒の机も強く蹴り飛ばして倒した。そして、原告花子らを激しく罵倒しながら原告花子らに迫り、右の平手で原告花子の左頬を強打した。これに対し、原告花子は、被告乙川を凝視したところ、同人は、更に激昂し、「なんだ、その顔は」、「お前らはクズだ」などと怒鳴って、更に右の平手で原告花子の左頬を二回強打した。続いて、被告乙川は、原告花子の髪の毛を鷲掴みにして、ひきずるよう引っ張った(以上、これらの暴行等を「本件暴行等」という。)。

3  被告乙川、同丙田及び同丁山らの不当な事後措置

(一) 原告花子の担任であった戉海夏子教諭は、平成六年一一月一五日、被告丙田及び同丁山が出席した企画委員会において、本件暴行等を報告した。

(二) 原告一郎は、同年一二月九日、本件暴行等につき、抗議するため、中央中に赴いた。原告一郎が、被告丙田に対して、本件暴行等につき問いただしたところ、同人は「本件暴行等については今日初めて知った」、「市教育委員会にも報告していない」、「中央中には体罰はないと思ってきた」、「これまで三年間、一件の体罰も報告も受けていない」、「体罰教師と噂されている教師がいることは知っているが、本人がそのようなことはないと言っていたので、それを信じてきた」等と回答した。

被告丁山も本件を全く把握していないとの回答であった。

しかし、本件暴行等については、被告丙田及び同丁山の出席していた企画委員会において報告されており、同人らも当然知っていた。また、中央中においては、被告乙川以外に体罰教師がいることは少なくとも生徒間においては公知の事実であった。

被告丙田は、原告一郎の突然の抗議に対し、「知らなかった」と虚偽の答をして責任を回避しようとした。

原告一郎が、次に被告乙川に対して、本件暴行等の責任を追及したところ、同被告は、謝罪することはせず、反対に原告花子に責任を転嫁しようとした。

原告一郎は、被告乙川の自己の暴行、暴言の非を生徒の責任に転嫁する言動、態度に対し驚愕し、ひどく精神的苦痛を覚え、本件を学校の適切な対応、努力に委ねた自分たちの沈黙、対応を悔いた。

(三) また、原告一郎は、同年一二月九日以降、被告丙田及び同市教委との交渉の度に、原告花子における社会科の授業を受ける気になれない状態を解消するため、少なくとも、原告花子に対する社会科担当教師を被告乙川から他の教師に早急に変更するよう要求した。しかし、被告丙田及び同市教委は右要求を事実上拒絶し、原告花子に対する学習権侵害状態を放置した。また原告花子は、本件暴行等発生後、被告乙川から真摯な謝罪を受けなかった。

(四) 原告花子は、本件暴行等の発生後は、被告乙川の担当する社会科授業において、教室には居るものの、教科書を持参せず、事実上、社会科授業をボイコットし、被告乙川も、同原告に対し、無視する、質問しない、配付物を渡さないなどの態度を取った。

4  原告花子の請求についての被告らの責任原因

(一) 請求の趣旨1項について

原告花子は、被告乙川から本件暴行等を受け、二学期の一部及び三学期の社会科の授業を実質上受けることができなかった。そのため、原告花子は、学校で行われる試験の点数が悪くなり、成績評価も低くなった。このような場合、被害生徒は、右権利に対する侵害を排除し、一定の回復措置を採るべく、あらためて社会科の授業を受ける機会を保障され、成績評価を行われ、そのことによって不利益を蒙らないようにされる旨の作為請求ができる。

被告丙田は、学校教育法第四〇条、第二八条第三号に基づき、被告市教委は、学校教育法第三八条、地方自治法第一八〇条の八、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第五号、第三三条により、原告花子に対して、あらためて、社会科授業を受ける機会を保障したうえで成績評価を行うこと、そのことによって不利益を蒙らないようにする旨の作為義務を負う。

(二) 請求の趣旨2項について

原告花子は、本件暴行等後、被告乙川からの真摯な謝罪を受けられず、被告丙田、同丁山及び同市教委はこの状態を放置した。そのため、むしろ、被告乙川の行為が正当化され、暴行等を受けた同原告の方が悪いかの如き状態に陥ったのであり、これに基づく精神的損害は多大であった。この精神的損害に対しては、謝罪文の掲示、配付という方法によって、損害の填補がなされるべきである。

被告乙川、同丙田及び同丁山は、民法第七〇九条、第七二三条の類推により、被告市教委、同市及び同都は、民法第七〇九条、第七二三条の類推、国家賠償法第一条、第三条により、別紙謝罪文記載の謝罪文を掲示、配布する義務を負う。

(三) 請求の趣旨3項について

原告花子は、本件暴行等により、多大な精神的損害を蒙った。したがって、同原告が蒙った精神的損害を慰謝するためには、少なくとも五〇〇万円が相当である。

被告乙川は、本件暴行等により、原告花子に多大な精神的損害を与えたので、民法第七〇九条により、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

被告乙川の本件暴行等は、被告市の公務員として、被告市の公務である中央中教諭としての職務を行うについてなされたものであるから、被告市は、国家賠償法第一条第一項に基づき、また被告都は、被告乙川の給与等費用負担者として、国家賠償法第三条第一項に基づき、それぞれ、前記損害を賠償すべき義務がある。

なお、被告乙川の本件暴行等は、刑法上の暴行罪に該当する、故意の犯罪行為である。故意による不法行為を行った場合には、公務員個人としても民法第七〇九条の責任を免れない。

よって、原告花子は、被告乙川、同市及び同都に対して、不法行為に基づく損害賠償請求として、金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(被告乙川については平成七年三月三一日、被告市及び同都については同月三〇日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

5  原告一郎に対する被告らの責任原因(請求の趣旨4項及び5項について)

原告一郎は、前記3の不当な事後措置により、学校、教師に対して抱いていた信頼を破壊され、多大な精神的損害を被った。

被告乙川、同丙田及び同丁山の右の不当な事後措置は、民法第七〇九条の不法行為に該当し、また、被告市及び同都は、国家賠償法第一条、第三条により、それぞれ前記損害を賠償すべき義務がある。

右損害を慰謝するためには、少なくとも、被告乙川の対応については五〇万円、被告丙田及び丁山の対応については同じく五〇万円が相当である。

なお、被告乙川、同丙田及び同丁山の右不法行為は重大な過失に基づくものであるから、公務員個人としても民法第七〇九条の責任を免れない。

よって、原告一郎は、被告乙川、同市及び同都に対して、不法行為に基づく損害賠償請求として、金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(被告乙川については平成七年三月三一日、被告市及び同都については同月三〇日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

また、原告一郎は、被告丙田、同丁山、同市及び同都に対して、不法行為に基づく損害賠償請求として、金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(平成七年三月三〇日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

(被告乙川、同丙田及び同丁山)

1  請求原因1(一)及び同(二)は認める。

2  同2(一)のうち、「命じた」は否認し、その余は認める。同(二)は認める。

3(一)  同3(一)のうち、本件暴行等が同委員会において報告されたことは否認し、その余は認める。

(二)  同3(二)の第一段落は認める。同第二ないし第四段落は否認する。同第五段落のうち原告一郎が、被告乙川に対して責任を追及したことは認め、その余は否認する。同第六段落は不知。

(三)  同3(三)は否認する。

(四)  同3(四)は不知。

4(一)  同4(一)の主張中、被告丙田に関する部分は争う。原告花子の請求の趣旨1項の請求は、公立中学校である中央中の校長の職務権限に属する事項を求めるものであり、行政処分を求めるものであるところ、かかる権限を有しない被告丙田個人は当事者能力を欠く。

(二)  同4(二)の主張は争う。

(三)  同4(三)の主張中、被告乙川に関する部分は争う。

5  同5の主張は争う。

(被告市及び同市教委)

1  被告市教委は、地方公共団体の一組織であって公共団体ではなく、国家賠償法上の損害賠償等の責任主体として不適格であるから、被告市教委に対する訴えは却下されるべきである。

2  請求原因1(一)及び同(二)は認める。

3  同2(一)は認める。同(二)のうち、被告乙川が机を蹴ったこと、原告花子の左頬を平手で二回殴ったこと、髪の毛をつかんだことは認めるが、その余は否認する。

4(一)  同3(一)のうち、本件暴行等が報告されたことは否認し、その余は認める。企画委員会においては、本件暴行等に関し強い指導をしたということが述べられ、体罰の具体的報告はなかった。

(二)  同(二)の第一段落は認める。第二、四及び五段落は否認する。第三段落の内、被告丙田及び同丁山が企画委員会に出席していたことは認め、その余は否認する。第六段落は不知。

(三)  同(三)は否認又は争う。

(四)  同(四)は否認する。

5  同4及び同5の主張は争う。

(被告都)

1 請求原因1(一)は認める。同(二)のうち、第一文は不知、その余は認める。

2 同2及び3は不知。

3 同4及び5の主張は争う。

理由

一  被告乙川の原告花子に対する暴行

甲第一号証の一及び二、第三号証の二、第四号証、第五号証の一、第六ないし第八、第一〇号証、第三五号証の一ないし一〇、乙第一六号証並びに原告花子の本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

被告乙川は、平成六年一一月一四日午前九時一〇分ころ、中央中二年二組の教室において、同日の第一時限の道徳の時間に行われた同月四、五日開催の文化発表会のまとめの授業中に、原告花子ら六名に対し、右文化発表会において行ったアンケートの集計を行うよう指示したところ、原告花子は、被告乙川に対して、「集計しなくていいって言ったじゃない。自分の言ったことに責任もてよ。」と反論した。被告乙川は、同原告の言葉に激昂し、同原告に対し、大声で「もう一回言ってみろ」と怒鳴り、同原告が座っている机を蹴った後、右手平手で同原告の左頬を一回殴った。同原告は、これに対し、被告乙川を凝視したところ、同被告は、同原告に対して「なんだ、その顔は」と言って、更に右手平手で、同原告の左頬を一回殴り、髪の毛を手で鷲づかみに引っ張った。これらの暴行により、同原告は特に怪我を負わなかったが、同原告の衣服には引っ張られて抜けた後であるような髪の毛が数本ついていた。

二  原告花子の被告市及び同都に対する損害賠償請求

前記一認定の被告乙川の原告花子に対する暴行は、中学校教師の生徒に対する体罰に当たる。

学校教育法第一一条は、校長及び教員が学生、生徒及び児童に対し懲戒を加えることを認める反面、体罰を加えることを禁止している。戦前、わが国において、軍国主義教育の一環として、体罰を用いた国家主義思想の強制がなされ、これによって民主主義と自由な議論の芽が摘み取られていったのであり、その反省として、昭和二二年に制定された右学校教育法により、教育の場において体罰を懲戒手段として用いることを禁止することとしたことは、当裁判所が改めて述べるまでもない歴史的事実である。しかし、戦後五〇年を経過するというのに、学校教育の現場において体罰が根絶されていないばかりか、教育の手段として体罰を加えることが一概に悪いとはいえないとか、あるいは、体罰を加えるからにはよほどの事情があったはずだというような積極、消極の体罰擁護論が、いわば国民の「本音」として聞かれることは憂うべきことである。教師による体罰は、生徒・児童に恐怖心を与え、現に存在する問題を潜在化させて解決を困難にするとともに、これによって、わが国の将来を担うべき生徒・児童に対し、暴力によって問題解決を図ろうとする気質を植え付けることとなる。しかも、前記一認定の被告乙川の原告花子に対する体罰は、その態様を見てみると、教師と生徒という立場からも、また体力的にも、明らかに優位な立場にある教師による授業時間内の感情に任せた生徒に対する暴行であり、およそ教育というに値しない行為である。当裁判所は、当然のことではあるが、体罰が学校教育の場において一切禁止されていることを改めて確認し、かつ、本件で問題になった体罰が右のようなものであることを前提として、以下に判断を示すこととする。

右体罰について、被告乙川は、平成七年一二月二六日、八王子簡易裁判所に略式起訴され、同日、罰金一〇万円に処する旨の略式命令が言い渡され、確定したものであるが、原告花子本人尋問の結果によれば、同原告は、右体罰によって大きな精神的苦痛を被ったことが認められる。

被告乙川は被告市の公務員であり、右体罰は、被告市の公務である中央中教諭としての職務を行うについてなされたものであるから、被告市は、国家賠償法第一条第一項により、原告花子が被った損害を賠償すべき責任がある。また、被告都は、被告乙川の給与その他の費用負担者として、国家賠償法第三条第一項により、原告花子が被った損害を賠償すべき責任がある。そして、被告市及び同都が原告花子に対して賠償すべき金額は、右体罰の態様及びこれによって原告花子が被った精神的苦痛の程度その他の事情を総合的に考慮し、五〇万円と認めるのが相当であり、被告市及び同都は連帯(不真正連帯)して原告花子に対し、右金員を支払うべき義務がある。

三  原告花子の被告乙川に対する損害賠償請求について

国又は公共団体の公務員がその職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体が被害者に対して損害賠償の責任を負い、当該公務員個人は、直接被害者に対して損害賠償責任を負うものではない。したがって、原告花子の被告乙川に対する損害賠償請求は理由がない。

四  原告花子の被告らに対する謝罪文掲載請求について

原告花子は、金銭賠償請求に加えて、被告らに対し、謝罪文を中央中の掲示板に掲示し、全生徒の親権者に配布することを求めている。しかし、前記体罰の態様及び原告花子の被った損害の内容からすれば、右のような請求を認めることはできない。

五  原告花子の授業及び成績評価に関する請求について

原告花子は、中央中の校長である被告丙田及び同市教委に対し、被告乙川以外の教師による社会科授業を受ける機会の保障と社会科の成績評価の訂正を求めている。しかし、中学校の生徒から校長ないし教育委員会に対し、特定の教師以外の教師による授業の実施や成績評価の訂正というような行為(作為)をすべき旨を民事訴訟により求めることは認められていないから、同原告の右請求は理由がない。

六  原告一郎の被告市及び同都に対する損害賠償請求について

原告一郎は、原告花子が受けた前記体罰の責任追及に対し、被告乙川、同丙田及び同丁山が不当な事後措置を採ったことを理由に、被告市及び同都に対し、国家賠償法に基づく損害賠償請求をしている。

しかし、原告一郎が主張する不当な事後措置の内容は、原告花子に対する体罰に関して、その父親である原告一郎が原告花子の権利を守るために、謝罪その他の要求に及んだことに対する被告乙川、同丙田及び同丁山の態度が不当であるとするものであり、このようなことがあれば、原告花子の父親である原告一郎が心を傷め、憤り、精神的苦痛を被ることは容易に推測がつくものの、原告一郎が被ったとするこのような精神的苦痛は、原告花子を思う親としての精神的苦痛であり、子が精神的苦痛を被った場合に、子を持つ親が等しく感ずる精神的苦痛と評価されるものである。このような原告一郎の精神的苦痛は、原告花子自身が被った精神的苦痛に対して前記のとおり慰藉料を認容する中で評価されているものであり、これとは別個に原告一郎に対して慰藉料の請求を認めるべき性質のものではない。したがって、原告一郎の右請求は理由がない。

七  原告一郎の被告乙川、同丙田及び同丁山に対する損害賠償請求について

国又は公共団体の公務員がその職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体が被害者に対して損害賠償の責任を負い、当該公務員個人は、直接被害者に対して損害賠償責任を負うものではないことは、前記のとおりである。そして、原告一郎の主張する被告乙川、同丙田及び同丁山の不当な事後措置は、右被告らの東久留米市の公務員としての職務を行うについてなされたものであるから、右被告らは原告一郎に対し、損害賠償義務を負うものではない。したがって、原告一郎の被告乙川、同丙田及び同丁山に対する損害賠償請求も理由がない。

八  結論

以上のとおりであるから、原告花子の本訴請求は、被告市及び同都に対し五〇万円の連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告の被告市及び同都に対するその余の請求並びに被告乙川、同丙田、同丁山及び同市教委に対する請求並びに原告一郎の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し(被告丙田及び同市教委の本案前の申立てはいずれも採用しない)、訴訟費用の負担につき主文第四項のとおり定め、請求の認容部分につき、仮執行宣言を付する必要は認められないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官永井秀明 裁判官井上正範)

別紙謝罪文<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例